「がい」の字は碍であって害ではない

 以前から、何かを害を及ぼす意味を含んだ「害」の字が使われる「障害者」という書き方が腑に落ちなかったのだけれど、最近、ちょっとした切っ掛けがあり、少し調べてみた。

 障害という表記は、元々、障礙や障碍(礙の俗字が碍)と表記されていたのを戦後決めた当用漢字に「礙、碍」を入れなかったため、「害」で代用したのが始まりだった。

 「障害」は「障碍」(「障礙」)と表記すべきである(耳鼻咽喉科 熊田政信)にその辺りの事が分かり易くまとめられている。

 Wikipdiaの障害者の項目にも表記・呼称の部分で障害がそうした意味で使われ出したのは戦後からと書かれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/障害者

 当用漢字には何なのだろうと調べてみると、戦後、使用頻度の高いものを中心に漢字を指定して、公文書やメディアなどに用いるべき漢字として告示されたのが始まり。

 この当用漢字は1850字あるが、英語がある程度読めるのに3000単語は覚える必要があると言うから、漢字も3000字は必要な気がするので、明らかに足りない様に思える。当用漢字は、1945字の常用漢字として未だに残っている。が、我々がごく普通に使っている「誰、頃、描く」といった言葉が入っていなかったり、岡山の岡や奈良の奈といった地名に入っていて小学生が習うような漢字まで入っていなかったりする首を傾げたくなるものだ。

 当用漢字が定められた経緯を調べてみると、戦後の占領期にGHQが検閲をやり易くするためもあり、文字数を1850字と2000字以下に制限した面もあるのだろうと思える。

 さて、よく考えてみると、当用漢字やそれを踏襲している常用漢字に従う必要性が見当たらない。

 それどころか、常用漢字にある文字だけで文章を書こうとすると、本来は「意思疏通」と書くべき所を「意思疎通」と書く事になる。この場合の疎は、過疎の疎で「まばら」を意味するので文字面だけ見ると、意志をあまり通わせないという意味になってしまう。漢字は表音文字ではなく、表意文字なのだから、やはり、滞り無く通じる事を意味する疏を使って、意思疏通と書く方が本来の意味通りになる。

 なにやら、5年近くかけて検討した「新常用漢字表」(仮称)に関する試案というのが発表されているらしいが、流れの早い現代社会で5年もかけている時点で時代遅れだろう。役所勤めや役所に出す文書で常用漢字以外を使うと、文句を言われるのでもない限り、本来の漢字を使う事が文化を大切にする事に繋がるし、意味も分かり易くなるのではないだろうか。

 私は、障碍者と書くし、意思疏通と書こうと思う。

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